地域で支え合う介護コミュニティ新聞
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コラム     本の紹介       2008年1月2日更新

 介護にかかわる小説


『赤い鯨と白い蛇』 冨川元文著
          
2006年12月4日 クリーク・アンド・リバー社発行

認知症を自覚
60年前の青春の約束、忘れずに果たす女性
 冨川氏は脚本家で、本書は書き下ろし作品。発行前に映画化され、2006年11月から東京の岩波ホールをはじめ、全国の映画館で公開された。

 監督は1928年生まれのせんぼんよしこ氏。日本テレビに開局と同時に入社。テレビドラマの演出を手がけ数々の名作を作り出した。映画は70歳を超えて初めて監督をした作品だ。出演は、香川京子、浅田美代子、宮地真緒、坂野真理、樹木希林のみなさん。

 本書の主人公は、75歳の老境を迎えた雨見保江。

 病院で認知症の兆しがあると言われた保江。一つ気になっていたことがあった。頭の奥にある遠い記憶。それは60年前、女学生だった15歳の時、文学好きの若い少尉と約束をしたことだった。

 少尉は特攻隊員で「自分のことを忘れないでくれ」と言った。その特攻隊員の家族や親戚はいなかった。3月10日の東京大空襲でみんな亡くなっていた。

 保江は、認知症が進めば約束が守れなくなると思い。記憶をたどり、約束を果たそうとする。この保江の60年の思いが、本書を読み終えた時に分かる。

      ◇              ◇               ◇

  東京に住む保江は、千葉県千倉に住む息子夫婦のところで暮らすことに決めた。孫娘に付き添ってもらい千倉に向かったのだが、途中、戦時中に疎開していた茅葺き屋根の家に立ち寄ることに。ここが特攻隊員と約束をしたところだった。

 その家には小学生の娘と暮らす家の持ち主の女性がいた。そこへ、かつて住んでいたセールスウーマンも来て、合わせて5世代が集まった。

 書名の「赤い鯨」は海軍の特殊潜航艇のこと。戦時中、館山には海軍航空基地があり、終戦間際には特殊潜航艇の基地になっていた。「白い蛇」は家の守り神の伝説。茅葺き屋根の家に棲むという。

 館山では、海を眺める保江の脳裏にはっきりと60年前の約束が蘇った。保江の思いとともに、女性たちもお互いの人生を見つめ合う。

 保江は、千倉の家に暮らし始めて1週間後、心臓病で亡くなる。認知症が進行する前だった。読み終えた時、重い気持ちになるが、60年間の約束を果たして逝った保江の穏やかな表情が見える。

(2007年3月5日 さわやかタウン情報)





『天井から降る哀しい音』  『どんなご縁で』  『そうかもしれない』
                                  耕治人著

夫婦愛を感じる  若い恋人にもメッセージ
             いつまで
も愛し続けることの大切さ
  『天井から降る哀しい音』(『群像』1986年7月号)、『どんなご縁で』(『新潮』1987年11月号)、『そうかもしれない』(『群像』1988年2月号)は、耕治人(1906−1988年)の命終三部作と呼ばれている晩年の夫婦のありようを描いた私小説作品。耕治人は、熊本県生まれ。1980年に発刊した『耕治人全詩集』は第31回(昭和55年度)芸術選奨文部大臣賞を受賞。1969(昭和44年度)年には、『一條の光』が第21回読売文学賞小説賞を受賞している。詩人あり、小説家である。
 三部作の小説は、認知症の病に自分を失っていく妻を悲しみと驚きの中でどこまでも夫として接していく確かな絆を感じさせる作品だ。
 記憶障害や判断力の低下、睡眠障害、迷子になるといった認知症の症状が出て、フライパンをいくつも焦がすなど、次第に料理もできなくなるが、夫はショックを受けながらも認知症の妻を支え続ける。81歳の夫の体力は、当然、年相応に衰えている。それでも妻の面倒をどこまでもみる。
 夜、失禁した妻の身体を拭いていると、妻が「どんなご縁で、あなたにこんなことを」と呟く。夫はハッとして、妻との成り初めや献身的に支えてきてくれたことを振り返る。
 小説は、介護保険制度が始まる10数年前のこと。措置が行われていた時代である。認知症の妻、それを支える夫、共に80歳を超えている。老老介護を描いている作品だ。役所や民生委員の人たちも登場、ヘルパーさんやデイサービスも利用して自宅で夫婦の生活は続ける。しかし、その夫もがんに襲われ、自宅で介護できなくなった妻を特別養護老人ホームに入所させる。自らは、闘病生活に入ったが、妻のことを考えられずにはいられない。ある日、妻が特養ホームから付き添われて訪ねてきた。着物を着て車いすにかけていた妻は、付き添いの人に「ご主人ですよ」と言われた。そのとき妻は「そうかもしれない」と答えた。夫は、時たま使っていた妻の言葉だったことを思い出す。
 27歳のときに結婚し、50年連れ添って生きてきた夫婦。夫の妻への愛を哀愁の中に感じる。
 作者・耕治人は、介護保険制度を知らずに亡くなった。老老介護が今ほど社会問題化すると感じていたかどうか分からないが、書かずにはいられなかったのだろう。
 この三部作は、監督・保坂延彦氏が映画化。2006年9月に映画『そうかもしれない』として公開された。老夫婦を歌手の雪村いづみと落語家の桂春團治が演じた。

(2006年12月30日 さわやかタウン情報)

 

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